チャイムと共に金山が教室から去った後、僕は未だに爆睡中である後ろの柏木を起こしにかかった。これはもはや僕の朝1番の仕事である(この曜日限定)。そんな中、ふと視線をそらせば彼女が皆から質問攻めにあっていた。あのハードルは中間層以下の人間には早すぎたらしい。自分だけじゃなかったことに人間特有の安心感を感じつつ、揺らし続ける柏木は起きる気配が無い。昨日夜更かしでもして寝不足なのだろうか、この前新しいものに嵌っているとも言っていた様な気がする。まあ今日に限っては僕もあまり人のことが言える立場ではないが。
「優君も柏木君みたいに寝てればいいのに。」
あまりにも突然だったので僕はとんでもない顔を曝してしまっただろう。事もあろうにその相手は言わずと知れた彼女である。
さっきの人ごみが嘘のように彼女の机の周りは空っぽだ。
「びっくりした。突然どうしたの。」
「いや、あんまり柏木君が気持ちよさそうに眠ってるから覗き見。」
それに彼のせいで私さっきの問題当てられちゃったし、と言って彼女は超近距離で柏木の顔をまじまじと見ていた。
「あの問題よく解けたね。僕なんか黒板見てもさっぱりだったし。」
「皆もそう言うけどほんとそんなことないよ。やり方さえ解っちゃえば。」
いや、まあそのやり方がさっぱりなんだけどね。それ以前に基礎事項すら頭のどの引き出しにしまってあるか怪しい限りだ。
「今度優君にも教えてあげようか。さっき私のほう見てたでしょ。」
「あはは。時間の空いたときにでも頼もうかな。」
どうにもばっちり目撃されていたらしい。教えてくれるという気持ちは嬉しいけど、もしそんなことにでもなったら家にまで来て家庭教師ばりのサポートをしてくれそうだ。それだけは噂の増徴を招きかねないので遠慮したい。

もうすぐ休み時間も終わるというのに柏木は一向に起きる気配が無いし彼女は彼女で寝顔から視線を外さないこの状況は、後30秒で鳴り響くチャイムによって終わりを迎えるだろう。
「そんなに寝顔見てて楽しいかな。」
「楽しいよ。特に柏木君のは豪快だから。」
「そうかなぁ。」
「そうだよ。優君は深く考えすぎ。」

「私は彼のこういう所、好きだよ。」
その声は予告通りのチャイムに混じって僕の鼓膜を振動させた。