僕は未だに彼女をどう位置づけていいのか分からないままだ。別に彼女がこうして僕と柏木に紛れてお昼を共にするのは今日が初めてじゃない。むしろ週の半分ぐらいは声をかけられている様な感じがして、どうにもいない時の方が少ない気がしてならない。彼女の雰囲気がそう思わせるのだろうか。それとも僕の感覚がこの状況下で麻痺しているのだろうか。

「へぇ、安藤さん自分で毎朝お弁当作ってるんだ。凄いね。」
「別に凄くなんか…。私の家両親共働きだからね、栄養偏るといけないし。」
「良く出来てるよね。卵焼きとか超美味しそうじゃん。」
今目の前で繰り広げられている状況を説明すると、僕と彼女そして今日は安藤さんがお弁当を広げて柏木がいつものように購買部で買ったパンを広げている。そう、ここまではいたって普通の光景だ。青春時代の男女がペアのように向かい合って食事していることは無論例外ではあるのだが…。問題はそこじゃない。
「そうかなぁ。優君もそう思う?」
この際だから言うが、クラスでの僕の名前は彼女の暗号である。
「うん。朝からだし巻きなんて凝ってるよね。うちはめんどいとかでこんなだし。」
「そっかぁ。もしよかったら食べてみる?」
なんて言いながら既に安藤さんがその黄色くてふわっとした卵焼きを僕の目の前に出しているのだ。もちろんお弁当ごとじゃなくて箸でつまんで。隣では柏木が羨ましいぞ優。なんて叫んでるし、更に前から香織の手作り食べれるなんて羨ましいな優君。なんて彼女に言われたら僕に逃げ道は無かった。
「そんな、安藤さんのお昼貰うわけには」
「気にしないで。それに男の子からの感想も聞きたいし。ね。」
そう言って軽く横に目線を移した安藤さんに従って彼女の方を見ると、僕と目が合った瞬間にっこりと微笑んだ。そのとき僕が思ったことは2つ。1つは彼女も安藤さんの料理を参考にしたいと言われて食べたであろう事。もう1つは、
彼女が僕を餌に話題を持ち出したであろう事だ。
「それじゃあ貰おうかな。」
ぱくっ。既に目の前にまで差し出された卵焼きを別の場所を経由して僕の口に運ぶことは不可能だった。だしのきいたその卵焼きは見た目からして美味しそうだったが、実際に口の中で消化すると隙間無く丁寧に焼かれていて日本の香りがした。これと比べて僕が今さっきまで食べていた卵焼きを称すなら素人の日本人男性が作った洋風まがいの卵焼きである。
「ちょうどいい甘さだし、柔らかくて美味しいよ。」
そう述べた瞬間に僕はようやく自分の立場を理解した。仕方がなかったとはいえこれは傍から見ればまるで新婚家庭の一コマである。僕の脳は視界から彼女のさっきよりも濃くなった笑みと皮膚から辺り一面の男子の研ぎ澄まされた威圧を認識した。
「そんなに言うほどでもないよ。でもよかった。」
さらば僕の平穏な学園生活。僕はこの時そう悟った。