「今日の優少し変じゃないか?」
そう柏木に言われるまで僕の意識は脳内を駆け巡っていた。

彼女は昨日も僕におはようと言い、今日もおはようと言った。きっと明日も僕におはようと言うのだろう。でも僕はそんな彼女とまだ1度も挨拶を交わしていない。それはそうだ。彼女の挨拶に僕が返事をしないのだから、これでは挨拶は成立したことにはならない。
彼女は僕にいつも通りに声をかけてくるのに僕は彼女にいつも通りに声をかけることができない。一昨日までは当たり前だった事が今ではどうにも当たり前じゃなくなったらしい。多分明日の僕はこんな今日の自分をいつまでも引きずっている馬鹿と称すはずだ。他でもない僕自身が言うのだからこれは予想ではなく予知になる。

「皆そんな風に言うけど、本当に普段と同じだって。」
今日は柏木と二人での昼食だ。すなわち彼女がいない珍しい日。こんな日に更にこんな話題が持ち上がるのだから今日はなんて珍しい日なんだろう。
「でも卵焼きだけ残してるなんてやっぱり変だって。」
目線を弁当箱まで下げてみる。そこには確かに昨日より少し見栄えのいい卵焼きだけが残っていた。言われてみて初めて気付いたのだからひょっとしたら昨日の事件で無意識に避けていたのかもしれない。人間誰しも忘れたいことの1つや2つぐらい持っているものだ。
「これは昨日のことを思い出してたら、さ。」
「あれはさすがにな。周りの男子全員固まってたし。」
俺もあのままいくとは思わなかったしと言いながらも肩が震えているこいつは現時点を持って僕に確信犯と認定された。馬鹿のふりして実は腹黒NO.2かもしれない。もちろん彼女がNO.1である。しばらくして笑いの波が過ぎ去ったのか柏木は残っていたパンを1口で胃の中に収めてしまった。
「まぁそういうことにしといてやるか。優がごまかすなら大した悩みでもなさそうだし。」
「なんだよそれ。確信犯のくせしやがって。」
「あ、やっと気づいた?」
こんな風に場を和ませてくれる友達はやはり僕には必要不可欠らしい。にしても柏木に勘ぐられてしまうほどに僕はいつもの僕じゃないのだろうか。こんな調子じゃ明後日はどうなることやら…。

「彼女も心配性だよなぁ。俺に聞いてみてくれなんてさ。」
この一言で僕の心配は無に帰した。やっぱり情報源は彼女らしい。